試験だから特殊、ではなかった|建築士になって分かった製図試験の本質

私は一級建築士製図試験を7回落ち、8回目で合格しました。
当時は「部屋を条件どおりに配置して図面を書けばいい試験」だと思っていました。
でも今振り返ると、それは大きな勘違いでした。
建築士として住宅設計を続ける中で、ようやく気付いたことがあります。
製図試験は、実務で必要になる”設計の考え方”を問う試験、っと今になって思います。
製図試験を受験していた頃の私は、「試験」と「仕事」をまったく別のものだと考えていました。
試験では、
- 課題文の条件を満たし
- 部屋を配置し
- 時間内に図面を書き上げる
仕事では、施主の話を聞き、暮らしを考えながら住宅を設計する。
どちらも設計なのに、私はまったく違うものとして向き合っていました。
その結果、私は何度受験しても思うような結果を出せませんでした。
7回受験して、ランクⅡは1回だけで、残る6回はランクⅢです。
今振り返ると、その理由がよく分かります。
私は「設計」をしていたつもりでしたが、実際には部屋を当てはめるパズルをしていました。
仕事では以前から、施主の暮らしを想像しながら住宅を設計していたにも関わらず、不思議なことに試験になると、その考え方をまったく生かせていなかったのです。
建築士としてさまざまな住宅を設計し、改めて製図試験を振り返ったとき、ようやく気付きました。
製図試験で問われていたのは、パズルのように組み立てた建築ではなく、血が通った建築を計画するのだと。
利用者や施主の立場で、「なぜこの配置なのか」を考えられるかという、設計の本質だったのです。
この記事では、私が7回ランクⅢを繰り返した理由と、建築士として仕事を続ける中で気付いた製図試験の本質についてお話しします。
もし今、
「エスキスがまとまらない」
「ランクⅢから抜け出せない」
そんな悩みを抱えている方のヒントになれば幸いです。
私は製図試験を「合格するためだけの試験」だと思っていました
私が製図試験を受験していた頃、頭の中にあったのは「どうすれば合格できるか」ということだけでした。
もちろん、それ自体は間違いではありません。
試験なのですから、合格を目指して勉強するのは当然です。
しかし私は、試験の先にある「建築士として設計する」という視点をほとんど持てていなかったと、この試験を俯瞰してみた今になって気がつきました。
- 課題文から必要室を拾いあげ、
- 資格学校で教わった手順どおりにゾーニングし、
- ひたすらに図面を書き上げる。
もちろん、それは必要なことです。
しかし私は、「なぜこの部屋をここに配置するのか」という理由まで考えられていませんでした。
部屋をパズルのようにはめ込んでいた
今ならはっきり言えます。
私は設計ではなく、パズルをしていました。
- 部屋が全部入ればいい。
- 廊下がつながればいい。
- 条件違反がなければいい。
そんな感覚で図面をまとめていました。
でも実際の建築士は、そんな設計はしません。
まず考えるのは、「この建物で、人はどう過ごすのか。」だからです。
このことに気付いたのは、試験中ではなく仕事を続ける中でした。

それを意識すればもっと合格までの道のりは近いものだったと思います。
建築士になって初めて、製図試験の本質が分かった
私は一級建築士になる前から、住宅設計の仕事をしていました。
- 施主の要望を聞き、
- 敷地条件を読み取り、
- その家族がどんな暮らしをしたいのか
実務ではこれらを考えながら設計します。
例えば、以前設計した住宅は、周囲を建物に囲まれた敷地でした。
窓を設けても見えるのは隣家の外壁、採光も十分ではありません。
そこで私は、坪庭を見る暮らしを提案しました。
坪庭を設けることで室内に光を取り込み、窓の先には隣家ではなく四季を感じられる景色が広がります。




また、別の住宅では、ご主人が在宅ワーク中心の生活をされていました。
寝室の一角にちょっとした書斎、という遠慮気味な要望でしたが、日頃のモチベーションを上げるためにも、書斎コーナーから庭が見られるように計画しました。
どちらも施主から要望されたものではありません。
暮らし方や敷地条件を考え、
「この家族には、こんな空間があった方が豊かに暮らせる。」
そう考えて提案したものです。
施主の要望を整理することは、課題文を読むことと似ている
実務では、施主の要望をそのまま図面にするわけではありません。
「本当に求めていることは何か。」
「優先順位は何か。」
「どうすればより使いやすくなるか。」
そうした要望の本質を整理しながら設計していきます。
製図試験でも同じです。
- デイサービスなら利用者。
- 図書館なら利用者。
- 庁舎なら職員や来庁者。
- 住宅なら施主。
建物は違っても、「その建物を使う人の一日を想像して設計する」という考え方は変わりません。
でも受験生だった私は、利用者ではなく、部屋しか見ていませんでした。
だから何度もランクⅢだったのだと思います。
課題文には多くの条件が書かれています。
しかし、大切なのは条件を読むことではなく、その施設に求められている役割を理解することです。
その視点を持つようになってから、私は製図試験の意味をようやく理解できました。
住宅も公共施設も「利用者目線」は変わらない
私が住宅設計をするようになって感じたのは、住宅と公共施設では用途は違っても、「利用者目線で考える」という本質は同じだということです。
住宅であれば、施主が毎日どのように暮らすのかを考えます。
- 朝起きてから出掛けるまでの動き。
- 帰宅してから寝るまでの生活。
- 家事のしやすさや、家族との距離感。
そうした暮らしを想像しながら、一つひとつの部屋の配置を決めていきます。
製図試験でも同じです。
例えばデイサービスであれば、
利用者はどこから建物に入り、どこで靴を履き替え、どのように移動するのか。
職員は利用者を見守りやすいか。
日中を過ごす部屋は、気持ちよく過ごせる環境になっているか。
こうしたことを考えながらゾーニングをすると、自然と部屋の配置も変わってきます。
私は受験生だった頃、この視点が足りませんでした。
部屋を当てはめることばかり考え、「なぜここに配置するのか」という理由を持って設計できていなかったのです。
ゾーニングや動線は試験だけの技術ではなかった
受験生だった頃は、
「ゾーニング」
「動線計画」
という言葉を、試験のためのテクニックとして捉えていました。
しかし実務では、それが設計の基本になります。
施主から要望を聞きその要望を整理し、どのような動線なら暮らしやすいのかを考える。
その結果としてゾーニングが決まり、間取りが決まります。
つまり、
ゾーニングは正解を当てるために考えるものではなく、利用者にとって使いやすい建物をつくるために考えるものなのです。
このことを理解した時、私は「製図試験とはこういう試験だったのか」と初めて気付きました。
もし今、もう一度受験するなら
もし今の私がもう一度製図試験を受けるなら、最初に考えることは一つです。
「この建物を一番使う人は誰なのか。」
そこから計画を始めます。
課題文を読んだら、まず要望の肝を探します。
- 利用者はどんな人なのか。
- どんな動きをするのか。
- 何を大切にした施設なのか。
それが見えてから、ゾーニングを考えます。
部屋を配置するのではなく、「なぜこの部屋をここに置くのか。」
その理由を一つひとつ持ちながらエスキスを進めます。
例えば、
- 日中長く過ごす部屋ならできるだけ日当たりの良い場所にしたい。
- 利用者が迷わず移動できる動線にしたい。
- 職員が見守りやすい配置にしたい。
そう考えていけば、自然と建物全体にまとまりが生まれます。
私は受験生だった頃、この考え方ができていませんでした。
だから何度も設計として破綻し、ランクⅢを繰り返していたのだと思います。
ランクⅢから抜け出せなかった頃の私に伝えたいこと
もし、受験生だった頃の自分に一言だけ伝えられるなら、こう言います。
「自分が一級建築士として仕事を受注したつもりで計画しなさい。」
試験だから、課題だから。
そう考えてしまうと、どうしても条件を満たすことだけが目的になります。
でも、本来建築士は、利用者や施主のために建物を設計する仕事です。
製図試験も、その力を見る試験なのだと思います。
私は長い間、「図面を書き上げれば土台には乗れる」と思っていました。
しかし、本当に大切なのは、利用者目線で施設として成立しているか。
そこを最後まで確認することです。
この視点が持てるようになると、課題文の読み方も、エスキスの進め方も、図面を見る目も少しずつ変わってくるはずです。
まとめ|製図試験とは、実務で活躍するための練習
私は製図試験を何度も受験しました。
その頃は、「合格するための試験」としか考えられていませんでした。
しかし建築士になり、施主のために住宅を設計するようになって、ようやく製図試験の本質が見えてきました。
製図試験は、部屋を当てはめる試験ではありません。
利用者や施主の立場で建物を考えられるかを問う試験です。
もちろん、試験には制限時間がありますし、手描きという実務にはない要素もあります。
それでも、
「誰のための建物なのか」を考える姿勢は、試験でも実務でも変わりません。
もし今、エスキスがまとまらない、ランクⅢから抜け出せないと悩んでいるなら、一度だけ視点を変えてみてください。
「自分が建築士として、この建物の設計を任されたらどう考えるだろう。」
そう考えて課題文を読み始めると、これまでとは違った景色が見えてくるかもしれません。
